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現代の技術では再現できないロストテクノロジー書いてけ「バグダッド電池」「ダマスカス鋼」「戦艦大和の主砲」「越王勾践剣」

 

ロストテクノロジー

ロストテクノロジー (Lost Technology)

失われた技術。ダマスカス鋼の製造法のように、過去には存在したが現存しない技術[1]。

技術革新以前に使われていた技術。多くは戦艦の大型艦砲や戦闘機の同調装置、また大出力のレシプロエンジンなど今日において実用的ではなくなったものが多い

引用・出典:
Wikipedia – ロストテクノロジー

(動画引用・出典:Youtubeチャンネル「トップランキング」より – https://www.youtube.com/embed/LPu_dC3tq54 )
(動画引用・出典:Youtubeチャンネル「キリン【考察系youtuber】」より – https://www.youtube.com/embed/JqgjPvJmyz8 )
(動画引用・出典:Youtubeチャンネル「世界のフシギ探検ch」より – https://www.youtube.com/embed/eL7lPSVSPD4 )

1: 名無しさん 2012/01/08(日) 04:08:28.64 ID:AdtRokIX
メジャーから、マイナーまで

4: 名無しさん 2012/01/27(金) 01:43:17.00 ID:v+QAWBb3
古刀の製作法

5: 名無しさん 2012/02/13(月) 14:52:02.38 ID:HeWgqxBS
古代にあった乾電池

バグダッド電池(バグダッドでんち)とは、現在のイラク、バグダッドで製造されたとされる土器の壺である。電池であるという意見と、そうではないとする意見が存在する。

1932年(1936年説も有)にバグダッド近郊のテルであるホイヤットランプファで発掘された。出土したのは民家遺構の中で、呪文が書かれた3つの鉢と共に置かれていた。1938年に、「これはガルバニ電池の一種ではないか」とする論文がイラク国立博物館のドイツ人研究者ヴィルヘルム・ケーニヒ (Wilhelm König) の手によって発表された。

発掘当時は用途が不明の出土物であったとされているが、電池メーカーのボッシュによる復元実験で電解液として酢やワインを用いた結果、電圧0.9 – 2ボルト程度で発電された。パルティア時代にも使用可能な電解液とされる液体が次々に試され、作製されたレプリカにおいて、微弱ながらもそれらが実際に電流を発生させることが示された。ただしこの実験は発見された状態と違い開放状態で、それも原理だけを復元した(壷やシリンダーを復元したわけではない)状態で行われており、発見時と同じくアスファルトで口に封をした場合はすぐに電流が止まってしまう。

使用目的としては、電解液にブドウジュースを用いた実験にて、シアン化金の溶液に浸した銀製品を数時間で金メッキ加工させることに成功しており、装飾品に金や銀のめっきを施すため(実際その近辺からメッキされたとしか言いようがない装飾品が出土している)の道具とする説が提唱されたが[1]、電気を使わずとも水銀アマルガム法などでめっきを施す方法は古くから知られており、根拠としては薄い。他にも、呪文が書かれた壷と共伴したことから、感電による宗教体験を演出する装置や、電気療法のための装置という説など諸説あるが、真の目的は不明とされている。

引用・出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/バグダッド電池

34: 名無しさん 2013/12/24(火) 22:04:39.39 ID:Fhz3OYCx
>>5
乾電池ではないという説が有力。

6: 名無しさん 2012/02/18(土) 05:49:02.51 ID:XSxzZBfE
ロシアンカーフ(皮革)の製法 ロシア革命で永遠に失われた

ロシアンカーフ (Russian calf) は、1700年代の帝政ロシアにおいて生産されていた、トナカイの原皮を材料とする高価な皮革。

コードバン (cordovan) と並んで幻の革と呼ばれるほど希少性が高い。これは、ロシア革命の前後辺りの時期にそのなめし製法の詳細(なめし剤・道具・工程など)が失伝し、2008年現在、工程の再現及び再生産がほぼ不可能視されているためである。

また、2008年現在、市場に流通している少量のロシアンカーフは、英国近海で沈没した帆船から引き揚げられた200年以上昔の物であるが、引き揚げられたロシアンカーフ全量が良好な状態と言えず(傷んで使えない部分も多かった)、使用可能な現存量に限りがあるという点でも希少性が高い。 なめし技法を復元したと称する革も新たに流通しているが、本来のなめし技法が失伝しているため同じ革である確証はない。

引用・出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/ロシアンカーフ

9: 名無しさん 2012/04/24(火) 22:51:09.04 ID:blZKSKvq
イースター島のモアイの製造方法。

ロンゴロンゴ文字とかもう永遠に解読できない希ガス

モアイ(Moai)はチリ領イースター島にある人面を模した石造彫刻のこと。島の海に面したアフと呼ばれる高台に、多くの場合海に背を向けて、正確にはかつての住居跡を取り囲むように多数建てられている。大きさは3.5m、重量20トン程度のものが多いが最大級のものは20m、重量は90トンに達する。島で産出される凝灰岩でできており、建造中に放置されたものも含め約900体ある[1]。現在アフに立っている約30体は、すべて近代以降に復元されたものである。

これらの像の設置目的・用途については、「祭祀目的で立てられた」と推測されているが、実際の祭祀形態については諸説あり、定説は未だにない。

材料となった石材は凝灰岩であり、採石の中心は「ラノ・ララク」と呼ばれる直径約550mの噴火口跡で、現在でも完成前のあらゆる段階の石像が散乱する彫る道具とともに残されている。この噴火口から火口縁の低い部分に切り込まれた溝を通過して下降するようになっており、そこから北と南と西の三方向へ放射状に道が伸び、最も長いものは島の岸まで約15km続いている[1]。

考古学者のヘイエルダールが現地住人の協力を得て行った実験では、横倒しにした像を木の「ころ」に乗せ、大勢が縄で引っ張り設置場所まで移送させ、木の棒と大小の石を積むことで立たせるという方法で、当時の人口・技術力でも運搬が可能であったことを証明している。

モアイという言葉の語源と意味は諸説あって特定に至っていないが、それら以上の最大の謎は建造目的だった。だが近年の調査で台座から人骨が多数発見されたことで、「モアイは墓碑であった」という説が有力[要出典]になりつつある。他に、超自然的な力である「マナ」を崇拝するものであったとする説が有力である[5]。また、モアイ像の近くには、真水が湧いていたり、海水の上に真水の層ができる地点などが多いことから、モアイは水の守り神であり、また水源の場所や所有権を示す実用的な意味があったとの説も唱えられている[5]。

かつては目がはめ込まれていた事がわかっており、復元された像には目がはめ込まれた物も存在する(ただしこの目は、写真撮影のために後から作られたレプリカである)。

引用・出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/モアイ

12: 名無しさん 2013/01/19(土) 21:24:43.20 ID:E53d+GLP
いいスレだな。

13: 名無しさん 2013/01/25(金) 13:23:12.37 ID:A9Z8mLJp
戦艦大和の主砲

大和(やまと)[5]は、大日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の1番艦[6]。2番艦の武蔵とともに、史上最大にして唯一46センチ砲を搭載した超弩級戦艦であった。呉海軍工廠で建造され、昭和20(1945)年4月7日、特攻作戦に参加して沈没した。

軍艦 大和は、大和型戦艦の1番艦[6]。大和の艦名は奈良県の旧国名の大和国、あるいは日本の古称・別称・雅称に由来する[7]。艦名は、明治・大正時代の海防艦/特務艦大和[8]に続いて二代目。

大和は、戦艦として史上最大の排水量に史上最大の46cm主砲3基9門を備え、防御面でも、指揮系統の集中する重要区画(バイタルパート)では対46cm砲防御を施した軍艦であった。設計はもちろん、ブロック工法の採用など施工においても当時の日本の最高の技術が駆使された。ロンドン海軍軍縮条約の失効を1年後に控えた1937年(昭和12年)、失効後にアメリカ・イギリス海軍が建造するであろう新型戦艦に対抗しうる艦船を帝国海軍でも建造することが急務とみた軍令部は、艦政本部に対し主砲として18インチ砲(46センチ砲)を装備した超大型戦艦の建造要求を出した。この要求を満たすべく設計されたのが「A140-F6」、すなわち後の大和型戦艦である。

なお、スケートによる雷撃の2ヶ月後、トラック基地の偵察飛行で撮影されたネガフィルム上に見慣れぬ巨大な艦影を発見したアメリカ軍は[70]、捕虜の尋問によってそれが戦艦大和・武蔵という新型戦艦で主砲についても45cm(17.7インチ)であると資料を纏めている[70]。

引用・出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/大和_(戦艦)

16: 名無しさん 2013/03/14(木) 13:06:46.32 ID:VnS1Xb0g
もう戦艦大和の船体なんかも作れないだろうな。
厚さ数十センチの鉄板で250mほどの船体の船体なんて今は不要だろうし

17: 名無しさん 2013/03/18(月) 23:35:03.72 ID:Mcd3pc1V
確か日本刀はもう作れないんじゃなかったけか?

あとメジャーどころで言うとダマスカス鋼

ダマスカス鋼(ダマスカスこう、英: Damascus steel)とは、木目状の模様を特徴とする鋼であり、古代インドで開発されたるつぼ鋼であるウーツ鋼の別称である。

ダマスカス鋼の名は、シリアのダマスカスで製造されていた刀剣などの製品にウーツ鋼が用いられていたことに由来する。現在は異種の金属を積層鍛造して模様を浮かび上がらせた鋼材もダマスカス鋼と呼ばれているが、本来のダマスカス鋼の模様はるつぼによる製鋼における内部結晶作用に起因するものである[1]。

微小なカーバイド(Fe3C)の層からなる模様を特徴とするるつぼ鋼。ukku はカンナダ語で鋼を意味する[2]。南インドで紀元前6世紀に開発され、世界的に輸出された。その後の学術的な研究により、ほぼ完全な再現に成功していたと思われていたが、ドイツのドレスデン工科大学のペーター・パウフラー博士を中心とする研究グループによる調査で、ウーツ鋼からカーボンナノチューブ構造と思しき管状構造が発見された[3][4]ことで、現代のウーツ鋼の再現は完全でない可能性が示唆された。

ウーツ鋼によるダマスカス刀剣の製法は失われた技術となっている。高品質のダマスカス刀剣が最後に作られた時期は定かではないが、おそらく1750年頃であり、低品質のものでも19世紀初期より後の製造ではないと考えられる。

現在、高級ナイフ等に一般的に用いられている「ダマスカス鋼」は、異種の金属を積層し鍛造することで、ウーツ鋼を鍛造した時に現れるものと似た縞模様を表面に浮かび上がらせた鋼材である。素材をモザイク状に組み合わせることで任意の模様を浮かび上がらせることも可能である。

引用・出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/ダマスカス鋼

20: 名無しさん 2013/05/07(火) 02:12:28.08 ID:9/q8wntj
各地で作刀に安価、量産を求めたことから日本刀は室町時代
に入ってからは本当に折れない高品質なものは1000口に
1口あるかないかっていわれてるそうだな。
また江戸時代に新しい玉鋼を主とした作刀が定着したり
最近は金銭面の問題などから電解鉄でつくられた刀も増えて
るらしい。

21: 名無しさん 2013/05/19(日) 22:44:59.74 ID:gzsHdlNP
機械が発展して手作業はどんどんなくなってくから
尚更だろうな。

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